日本の山百選(関東地区

燧ヶ岳

柴安グラ、爼グラ、赤ナグレ岳、ミノグチ岳、御池岳の総称。

日光火山群の一峰で、約一万年前の噴火で尾瀬をつくったといわれる。

県西端、尾瀬沼の北にそびえ、至仏山とともに尾瀬のシンボルとして名高い。柴安グラは東北地方の最高峰でもある。

爼グラ山頂からは尾瀬沼が、柴安グラ山頂からは尾瀬ヶ原がすばらしい。

また、至仏山や日光連山、会津駒ヶ岳など360度の大展望が得られる。

    

    

 

  

   

 

至仏山

尾瀬ヶ原の西に鎮座する至仏山は尾瀬の山々の中では一番古い山といわれ、東の燧ヶ岳と共に尾瀬のシンボルとして名高い。

優美な山容に似合わぬ蛇紋岩という荒々しい岩石が至仏山に特殊な環境をつくり、貴重な高山植物の楽園を守っている。

山中の高天ヶ原やオヤマ沢田代などの湿原にはオゼソウや
ホソバヒナウスユキソウなどが咲き乱れ、頂上からは燧ヶ岳を背に広がる尾瀬ヶ原が、まさに絶景である。

武尊山

武尊山の名前の由来は日本武尊(やまとたける)が東征のおり、山頂に登ったと言う伝説からきているそうだ。

前武尊山山頂には日本武尊像がある。

武尊山は沖武尊(2158m)を主峰とし、前武尊山(2039.7m)、剣ヶ峰(2008.m)獅子ガ鼻山など2000m級の峰が山頂部を形成する、コニーデ形の火山である。

岩石は安山岩で、現在と違う磁場を示す物があるそうだ。

周辺にある武尊牧場、花咲湿原はいずれも溶岩流による台地である。

武尊山は水上町・川場村・片品村に続いているせいか、それぞれの村や町が、うちの場所からの眺めが正面だと主張します。

それほど武尊山が様々なエリアから眺められ、親しまれている証拠でもある。

   
    

    

 

奥白根山

栃木、群馬の県境にそびえ、関東以北で標高2577.6mは最も高い山。

日光白根山・奥白根山とも呼ばれている。山頂からは関東の山々が一望でき、富士山や北アルプスが見渡せます。

白根山は日光火山群の主峰で座禅山、五色沼、前白根山、白根隠山の外輪山を持つ二重式活火山であり、有史以来多くの火山活動があり、最近では昭和27年(1952年)7月〜9月噴煙を上げ、地震活動をしています。

白根山は別名二荒山(ふたあらさん)とも言われ、中禅寺湖畔の男体山と共に荒れ山の総称であったと言われています。
男体山

男体山は、日光火山群の一峰として2万年程前に噴火活動を始めたコニーデ火山なのである。

その活動最盛期に噴出した溶岩流が大谷川(だいやがわ)を堰き止めてできたのが中禅寺湖で、火砕流の一部は戦場ヶ原を埋めたという。

その中禅寺湖の領有をめぐる争いで、その時戦った赤城山の神は大ムカデ、二荒山(ふたらさん)の神は大蛇となって何度も戦ったが、ムカデの勢いが強く大蛇軍は連敗し、追い込まれた決戦場で助っ人の小野猿丸が大ムカデの左眼を弓矢で射通し、ようやく戦いに勝った。

その戦った場所が戦場ヶ原で流れた血で出来たのが赤沼との伝えられている。

   

    

 

   

    

 

皇海山

平安から鎌倉時代、日光を中心に庚申山、鋸山、皇海山など足尾山塊の山々は、勝道上人の弟子たちによって開山され、山岳仏教の修行地となっていったと伝えられている。

江戸時代、庚申山の奥の院として、鋸山と合わせて信仰登山が盛んになった

明治26年には、東京の庚申講中によって、皇海山項東方に青銅の剣が奉納され、現在も立派に残っている。

皇海山は遠くから眺めた形から推して、昔は笄山(こうがい山)と呼ばれていたが、そのコウガイが皇開と宛字され、やがて皇海となり、皇はスメラとも読むところから皇海はスカイと呼ばれるようになった。

皇海山は、日本百名山の一座として、登山者から注目を集めるようになった。

近年、群馬県利根村追貝の奥から栗原川林道が開放され、皇海山、鋸山への登山は時間が半分に短縮され、登りやすくなった。

赤城山

火口湖の大沼を中心に、主峰の黒桧山ほか地蔵岳、駒ヶ岳、鍬柄山など多くの外輪山の総称。

那須火山帯に属し、八つの村にまたがる広い裾野をもつ。

山頂からは、大沼と小沼の青く澄んだ水や、沼をめぐる山々の色づきが、絵葉書を見るように美しい光景が見える。

祠などもあり、近在の信心深い住民は古くからこの山へ御参りする習慣があったという。

また、東には袈裟丸連峰や皇海山、北には燧ヶ岳や至仏山が展望できる。

西側は潅木が少し視界を遮るが、浅間山や榛名山などが望める。

   
    

    

 

筑波山

山肌の色が朝は藍、昼は緑、夕は紫と、一日に幾度も表情を変えることから”紫峰”と呼ばれている筑波山。

男体山、女体山の二峰を持つことから、生産のシンボル、神の住む山として、古くから多くの人々に愛され、信仰されてきた。

また「西の富士、東の筑波」と並び称されてきた優美な姿は、多くの歌人を魅了し、「万葉集」や「小倉百人一首」などに数多く歌われていっる。

山内は長い間神域として保護されてきましたので、学術的にも珍しい植物や昆虫、野鳥も数多く、関東平野に残る貴重な”自然の宝庫”と言える。

四季折々の自然を愛でながら、ハイキングもよし、筑波スカイラインをドライブするのもよし、筑波山にはさまざまな楽しみ方がある。

両神山

両神山山頂の剣ヶ峰から西岳へと続く八丁尾根の主脈、そこから様々な尾根が派生している。

剣ヶ峰から北へ続く主脈は、東岳・西岳・八丁峠を経て、群馬県との県界尾根となり、赤岩尾根から天丸山方面へと至る。

また、八丁峠の西、P1から志賀坂峠、二子山へ至る尾根を派生させる。

剣ヶ峰から東へ延びる尾根(辺見尾根)は、産泰尾根を派生させ、三笠山・辺見岳・両見山を経て、四阿屋山に至る。

剣ヶ峰から南へ延びる梵天尾根は、すぐに西へ狩倉尾根を派生し、梵天から秩父御岳へと続く。

前東岳からは、天理ヶ岳尾根が東へと延び、天理ヶ岳・奈良尾沢峠を経て、両詰山へと続く。

西岳からは、西岳尾根が北東へと延びる。

  
   

    

 

甲武信岳

山梨(甲州)、埼玉(武州)、長野(信州)の3県境にまたがるためこの名が付いたと言われる。

奥秩父山塊のほぼ中央部に位置し、信濃川(千曲川)の源流である。

山頂からの展望は絶大だが三角点は無い。

奥秩父主脈縦走、沢登り、シャクナゲの群落歩きなどバリエーションに富んだ登山が出来る。

瑞牆山 

瑞牆山は秩父連山の西端に位置する標高2230mの花崗岩山である。

まるでノコギリのような独 特のギザギザ頭は今から2万年以上も昔の火山活動の名残で、その大小様々な形の岩が切り立 つ山頂は奇峰の名にふさわしく、大小の奇岩にはヤスリ岩、弘法岩、十一面岩などの名前が付けられた。

   

    

 

   

   

 

金峰山

名実ともに奥秩父の盟主。どっしりとした山容、甲斐の国の北の鎮めとしての信仰の歴史、どれをとってもピカ一。

「山の憶ひ出」の著者,木暮理太郎は「どこへ放りだしても裸百貫の貫禄をそなえた山の中の山」と惚れ込んだ。

「キンプサン」が一般的だが、信州側では「キンポウサン」。

「キンポウセン」とも「キンプウセン」とも言う。

雲取山

秩父多摩国立公園の中ほどにそびえる標高2,017mの山。

東京、埼玉、山梨の1都2県にまたがっている。

東京都の最高峰、日本百名山のひとつ。

登山コースは埼玉県大滝村の三峯神社からの「三峯コース」や
東京都奥多摩町の日原からの「大ダワコース」、山梨県の三条の湯からの「三条コース」などがある

  

   

 

   

     

 

大菩薩岳

 
標高 大菩薩嶺 2057メートル、位置 山梨県塩山市北東
中里介山の小説「大菩薩峠」で一躍有名になった。

山頂は樹林にはばまれて展望がきかないが、雷岩付近は一面のカヤトの原で甲府盆地をはじめ、富士山、南アルプスなど雄大な景色が望める。

大菩薩峠が大勢の人に親しまれるようになったのは、その名前の文学的魅力だけではない。

初心者にとってまことに恰好な山だからである。

その理由は、都心に近距離で、いろいろ変化に富んだ安全な登山コースがあることも挙げている。

丹沢山

丹沢山塊は一般に東丹沢と西丹沢に分けられる。

東丹沢には主峰の蛭ヶ岳を中心に丹沢主脈から成り、西丹沢は蛭ヶ岳から西へ三国山へいたる。

丹沢山塊のほぼ中央にある丹沢山の山頂には山荘が立ち、一等三角点がある。

周囲に木々が繁るため、展望はほとんどない。

また最高峰の蛭ヶ岳山頂には傍らに薬師如来の祠が祀られており、富士山はじめ南アルプス、八ヶ岳や奥秩父の連山などを望むことができる。

四季を通じて日帰りハイキングや沢登り、小屋泊まりの縦走などいろいろな登山が楽しめる。

     

    

 

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