日本の城(沖縄県)


首里城

首里城正殿は琉球王国最大の建造物で,「国殿」「百浦添御殿」ともよばれ、文宇通り全琉球国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物でした。

正殿を二層三階建てとすることや正面の八の字型の階段や龍柱は、日本のみならず中国や朝鮮半島諸国にも類例がなく、琉球独自の形式といってよいでしよう。

正殿を二層屋根とするのは北京故宮の太和殿やソウルの景福宮の勤政殿と同じで、いわば中国式宮殿の最も格式高い形式です。

また龍は国王の象徴、国の守護神として建物や工芸品に多く使われています。

今帰仁城

沖縄本島の北部にある今帰仁城は、13世紀ごろに築城されたというが詳細はわかっていない。

現在では石垣しか残っておらず、石で作られた階段も戦後再建されたものらしい。

城の見どろころは、首里城と比較するとあまりないが、すぐに見て回れる感じだが、眺めはよい。

眼下に珊瑚礁の海が見られ、沖縄の城だと改めて認識させられる。

説明によればこの城は宗教的色彩が強く、今でも年に1回儀式があるそうだ。

城壁は万里の長城に似ていて、中国の影響が強いことを思わせる。

中城城

別名、大曽根城。中城の小字があり、中世城館遺構の土塁と濠が見られ、小田家被官者の館跡、小田進攻時の築城等によるものと見られる。

「東國闘戰見聞私記」巻之七に元亀元年八月十三日、結城晴朝は「水守、山木に掛かり大曽根へ打出たり、大曽根の砦には浅野五郎左衛門、同藤右衛門、以下中略、先陣長沼五郎、水谷信濃守千五百余にて攻かかり無二無二に追落とし」とあり、戦国期の結城(多賀谷)対小田一族の平塚原合戦の模様である。

 

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