日本の城(佐賀県)


唐津城

唐津藩初代藩主寺沢志摩守広高が、慶長7年(1602年)から7年の歳月を費やして築城。

現在の天守閣は昭和41年(1966年)に完成したもので、天守閣を中心に西に西の浜松原、東に虹の松原を鶴の両翼に見立て、別名「舞鶴城」とも呼ばれ、市民や観光客に親しまれている。

名護屋城

名護屋城の総面積は約17万uで、当時の大阪城に次ぐ大きなものでした。

城の周りには全国から集まった諸大名の陣屋も築かれており、総数120箇所に及ぶ。

これらの陣屋跡には国の特別史跡として指定・保存されているものも多い。

本丸大手門は仙台青葉城主の伊達政宗が青葉城の大手門として移築したが、太平洋戦争時の空襲で焼失してしまった。

佐賀城

佐賀城は享保11年(1726)と天保6年(1835)に大火に見舞われた。

火災後建物は再建されたが,佐賀の乱やその後の解体により,現存する天保期の建築遺構は鯱の門及び続櫓のみである。

広い城内は草ぼうぼうの原っぱとなっていたが美術館よりを発掘調査している。

博物館,美術館の裏手一帯がこが忠雄彫刻の森となっている。

26体が展示されているが,一部は堀の散策コースにも立っている。
 

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