大洲城

伊予守護職に任ぜられた宇都宮豊房は地蔵ヶ嶽に築城し
た。
また、源平時代に河野通信がこの地に城を構えており、ど
ちらが大洲城の前身なのか定かでない。
天守についても、築城の名手藤堂高虎が築いたという説と
、脇坂安治が築いたとの説があるが、可能性は脇坂氏の方
が高いと見なされている。 |

松山城

松山城は天守閣、櫓、櫓台、門が現存、国指定重要文化財
に指定されている。
城郭の三大要素として挙げられるのが経始(縄張り)・普
請(土木工事)・作事(建築工事)。
一般に日本三名城は名古屋城、大阪城、熊本城を挙げるが
、これは普請を重視されてることが理由らしい。
しかし、名城の条件といわれている現存天守を持つ十二城
のうち、経始・普請・作事の三要素の遺構を兼ね備えている
のは、松山・丸亀・松江・姫路・彦根のわずか五者だけら
しい。 |

今治城

今治城は、全国的にも珍しい堀の水が海水の城である。
慶長9年(1604年)9月、藤堂高虎によって築城され
、現在の天守閣は昭和55年10月に再建されたものであ
る。
五層六階の天守閣からは今治市内や来島海峡大橋、石鎚山
などが眺望できる。
また、しまなみ海道開通を機に毎日、日没〜23時までラ
イトアップされるようになった。 |

宇和島城

築城の名手と言われた藤堂高虎が文禄4年(1595)に秀吉から
宇和郡7万石を与えられ、現在の地に城を築いた。
宇和島城は、もともとニ方を豊予海峡と伊予灘に面し、三
方を山に囲まれ、陸側からは容易に攻めることができない
要害の地という地理的条件から、幕府側の水軍基地として
、築城されたものです。 |
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