日本の城(奈良県)


大和郡山城

郡山城は1580(天正8)年、筒井順慶の築城に始まる大和でもっとも大規模な城郭である。

豊臣政権下で、筒井順慶が伊賀に移った後、豊臣秀吉の弟、秀長が入城。

大和、紀伊、和泉100万石の中心として整備された。

しかし、ほどなく秀長は病没し、その後は水野家、松平家、本多家、柳沢家の居城となった。

ちなみに柳沢とは、徳川綱吉の側用人として権勢をふるった柳沢吉保の息子、吉里であり、名君として名高い。

内堀、中堀、外堀という三重の堀に囲まれた立派な城で、現在は月見櫓(左)と梅林門が昭和58年に復元されている。

高取城

高取城は奈良県の城址の中では誰もが認める壮観さでし
ょう。

この城はこの地域を支配していた越智氏が1332年吉野において倒幕に動いた護良親王に呼応してその吉野の外城として作られたということです。

その後戦国時代に至り、大和において筒井氏と争い、常時越智氏が居館としていた貝吹山からこの高取城に移りましたが1583年に滅びます。
 

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