二条城

桃山文化の粋が結集されている二条城は、慶長8年(1603)
徳川家康が、京都御所の守護と将軍上洛の際の宿所として
造営し、その後、寛永3年(1626)三代将軍家光が後水尾
天皇を迎えるために大改修が行われ大体いまの体裁を整え
ました。 |

園部城

戦国時代に園部城には、丹波八上城主波多野氏の家臣荒木
氏綱が城主であった。
この園部城は、天神山山頂に築かれていたとか。
(詳細不明)元和5年、小出吉親が但馬出石から30,0
00石で入封。
吉親は、入封後2年の歳月をかけて、小向山の山麓に城を
完成させた。
小出氏は、江戸時代を通じて園部から動くことなく10代
英尚の時に明治を迎えた。 |

伏見城

豊臣秀吉*が晩年,京都の伏見にたてた邸宅式の城郭。
▽秀吉の死後は徳川家康が住んだが,3代将軍家光のとき
に廃城となり,建物は破壊された。
西本願寺の書院・唐門(からもん)はそのとき移築された
ものという。 |

福知山城

明智光秀ゆかりの福知山城は由良川と土師川の合流点に位
置し、春は桜、夏の深緑、秋の紅葉が美しい。
戦国時代、この地は、天田郡中部一帯に勢力を持つ塩見氏
の支配下で「横山城」を構えていたが、明智光秀の丹波攻
略により改修され、「福智山城」となった。
現在の天守閣は昭和61年、城に寄する市民の熱い思いが実
を結び、建てられたものである。
城内は郷土資料館、産業館となっている。 |

田辺城

田辺城は、現在本の丸・二の丸の一部が舞鶴公園となって
いる。
舞鶴警察署に面した処には大手門(櫓門)が復元されてい
るが、本来建てられていた場所とは位置が異なる。
大手門に続く二層の隅櫓(復興模擬)もあり、現在残る城
域は狭いものであるが往時を偲ぶことは出来る。
大手門を入った処には、天守台の一部が残っていた。
この側に、関ヶ原の折り、田辺城に籠城した。 |
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