福井城は、柴田勝家が築いた、北の庄城を前身とし、
徳川家康の次男、結城秀康が北の庄城を整備改修しな
がら新たに築城したのが始まり。
結城秀康は、関ケ原合戦後、越前67万石の大封に列せ
られ、その折に松平姓に復しました。
城は、家康の次男にふさわしく巨大なもので、本丸と
二の丸の縄張り(設計)は家康の手によるものと伝え
られています。
本丸には高さ37メートルの4重5階の大天守が聳えて
いたが、寛文9年(1669)に焼失、以後再建されませ
んでした。
明治4年、城内の建物は破却され、現在本丸跡には、
福井県庁がある。
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