日本の城(石川県)


七尾城

この城の築城者、年代については明らかではない。 

戦国時代、越後の上杉謙信は加賀へ侵入し、一向一揆勢は能登の隙をうかがい、

織田信長の北上があらわになって、七尾城は孤立化していった。

天正5年九月十五日、重臣・遊佐継光の裏切りによって上杉軍に占領された。

しかし、同九年には、一揆勢を破った前田利家の支配となる。

金沢城

文明年間(1469〜86)この地には尾山御坊(金沢御坊)という加賀一向宗の本拠地であったが、天正8年(1580年)織田信長の命により、柴田勝家らの軍勢が攻め落とし、同年勝家の甥である佐久間盛政が百姓一揆に備えここに尾山城を構えたのが始まりとされている。

盛政は3年間城主を務め、城下町の整備を行ったが、天正11年(1583年)の賎ヶ岳の戦いで戦死、次いで能登七尾城主であった前田利家が入城した。

豊臣秀吉は賎ヶ岳の戦いで戦績をあげた利家に加賀、能登、越中の三国を与え、利家は加賀百万石のもとを築き
あげていく。

文禄元年(1592年)には、利家の子、利長が城の大改築を行い、金沢城と名も改め以後前田家は明治に至るまで14代続いた。
 

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