日本の城(神奈川県)


石垣山城

天正18年(1580)3月に小田原城を包囲した豊臣秀吉は,初め本陣を湯本早雲寺に置いたが,4月に入ると,小田原市街の西方に聳える笠懸山に築城を開始した。

昼夜を分かたぬ突貫工事によって,およそ80日後の6月26日に完成した。

とはいっても『関八州古戦禄』によると,小田原城に面した壁や塀は白紙を貼って白壁のように見せかけたという。

その夜の内に秀吉はそれまで城の前面を覆っていた樹木を切り倒して夜明けを待った。

翌朝,小田原城内では,一夜のうちに西方の山頂に忽然と現れた巨城を見上げ,「あれは夢か幻か」と恐れおののいたという。一夜城という名はそこから生まれた。

小田原城

小田原城が初めて築かれたのは、大森氏が小田原地方に進出した15世紀初めごろのことと考えられている。

明応4年(1495)に戦国大名小田原北条氏の居城となってから、関東支配の中心拠点として次第に拡張整備され、豊臣秀吉の来攻に備えて城下を囲む大外郭を完成させると城の規模は最大に達し、日本最大の中世城郭に発展した。

江戸時代を迎えると小田原城は徳川家康の支配するところとなり、その家臣大久保氏を城主として迎え、城の規模は三の丸以内に著しく縮小されました。

稲葉氏が城主となってから大規模な改修工事が始められ、近世城郭として生まれ変わりました。

 

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