再築前橋城は、文久三年(1863)着工後、3年8ヶ月かかって慶応三年(1867)3月完成した。
城の縄張りは、旧前橋城三ノ曲輪を本丸とした渦郭式(渦巻き状に曲輪が続く様式)で、城郭総坪数は旧前橋城に匹敵した。
城を取り巻く土塁の要所要所に砲台が設けられるなど近代的な城郭であったが、完成を急ぐあまり城門や建物は簡素なものであった。
しかし、城は城郭としての機能を果たさないまま明治維新を迎え、本丸御殿(後の群馬県庁舎)を残して取り壊した。
現在、本丸後が群馬県庁となっているが、現存する城の遺構は少ない。
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