日本の城(栃木県)


小山城

現在、能満寺山公園となっている場所は戦国時代に武田氏の平山城が築かれていた所。

永禄11(1568)年、武田信玄は遠江をおさえる第一歩として、この地に砦を築きました。その後、元亀2(1571)年、城郭を備えて新たな名前を付けたのが「小山城」である。

城を攻めようとする徳川家康との激しい戦いが、何度もこの地で繰り返されましたが、敗北を悟った武田方は天正10(1582)年、自ら城に火をかけ、甲州へ落ちて行った。

現在、三重堀などの遺跡や「展望台小山城」内の武田氏ゆかりの品々が、当時の面影を偲ばせています。

宇都宮城

この城は前九年の役(1051〜1062)の時、源頼義に従った。

藤原宗円(後の宇都宮宗円)が下野守になりこの地に築城したのが始まりと言われる。 

しかし、二十二代目の宇都宮国綱の時、自国の石高を偽っていたために、豊臣秀吉 に追放された。

江戸時代には城主が目まぐるしくかわり、明治維新を迎えた。

城主が本多正純の時に城の大改築をしたが、それが将軍徳川家光を暗殺しようとしたとして失脚した「宇都宮城の釣り天井事件」が有名である

 

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