日本の城(茨城県)


土浦城

土浦城は土浦市市街地のほぼ中心部にあり、現在は亀城公園として整備されている。

霞ヶ浦に注ぐ桜川を巧みに利用し水堀を幾重にも巡らし要害とする輪郭式の平城である。

また、城下町を水堀で区画された惣構えの縄張りでもある。

現在は本丸と二の丸の一部が残り、水堀・土塁、さらには高麗門、太鼓櫓等の建築物も現存する。

太鼓門は関東で唯一存存するもので貴重な遺構の一つである。

水戸城

水戸城は、東西に馬の背のように長く伸びた地形の東端部に築城された。

北側に那珂川が流れ、東側は湿地、南に千波湖があり三面水と湿地に囲まれた自然の要害地である。

室町中期からは江戸氏の居城となり次第に城としての形を整え、天正18年(1590)太田の佐竹氏が江戸氏を滅ぼして水戸城を根拠地とした。

関ヶ原の合戦後、慶長7年(1602)5月、水戸を東北諸大名に対する防御、牽制の拠点として重視した徳川家康は佐竹氏を急遽秋田へ国替えを命じ、自分の子供を水戸に封じたのである。

現在、城跡には茨城県庁などがあるが、当時の施設のうち『弘道館』などが現存する。

笠間城

笠間城は佐白山に築かれた、関東では珍しい石垣のある堅固な山城です。

佐白山は花崗岩の岩山でもあり、江戸期の藩庁として使われた山麓付近の高台から本丸曲輪にかけては、山城というより平山城の縄張り、堀切を隔てた天守台のある天守曲輪(佐(白山山頂)は中世の山城、という2つの要素(縄張り)を持つ城です。

登山路の途中、黒門跡近くに巨大な「大黒石」があり、大手門手前の千人溜りまで車で行くことがます。

大手門先の三ノ曲輪には、それほど高くはありませんが石垣群があり、腰曲輪を過ぎた二ノ曲輪・ニノ門から正門付近の石段は、苔生していて滑りやすいので注意して下さい。

本丸曲輪は意外に広く、南側には八幡台櫓土塁があり、せりだした西尾根上には穴ケ崎櫓跡があります。

 

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